JR和歌山駅からバス10分。
掘の内側(本丸側)の石垣はきちんとした 算木積みであるが、 掘の外側の石垣は、細長い緑泥片岩を 穴太積みしている (穴太積みしかできそうにない)。 この2種類の石積みが、城のあちこちに見られる。 豊臣秀長、桑山重晴、浅野幸長の時代の石積みと、 紀州家初代頼宣が来てから、藤堂高虎らの指揮によるものの2種類であろう。 本丸付近は、すべて緑泥片岩の、一見雑な石組みである。 城外から見た堀の感じは、駿府城によく似ている。
天守曲輪は、よくある鉄筋コンクリートで面白くないが、 大天守だけでなく、小天守、御台所、乾櫓、二の御門櫓、楠門、 およびこれらをつなぐ多門櫓と、 天守曲輪全体 が再建されている点が 少しは評価できる。連立型天守の感じがよく出ている。
三層の天守ではあるが、一層ごとには十分な高さが確保されているので、 全体的な外見は立派に見える。 内部の展示物は、鎧、兜などよくあるものであり、 他の城郭の写真も毎度おなじみである。
主な建築物は戦災で焼失してしまい、 唯一現存しているのが、 岡口門 およびそれに連なる土塀である。 岡口門は、大きくはないが、江戸初期の面影をよく残している。